「肩甲骨を安定させましょう」と言われて、肩甲骨を寄せる運動をしている方は多いと思います。ですが先に結論をお伝えします。腕を高く上げるときに肩甲骨を回している主役は前鋸筋で、この筋は「寄せる」のではなく「前に押し出す」方向に働きます。つまり寄せる運動では、この筋には届きません。しかも初心者向けとしてよく勧められる「壁で行う形」は、肩がすくみやすいことが筋電図で測られています。この記事では、東海市・太田川駅から徒歩4分のTRADパーソナルコンディショニングジムが、前鋸筋の働きと段階の作り方を整理してご説明します。
要点まとめ
・前鋸筋は肩甲骨を前に押し出す(前方突出)ことができる、ほぼ唯一の筋です。ほかに代わりがいません
・腕を上げるときに肩甲骨を回す働きでは、力の向きの都合でもっとも有効に働く筋とされています
・「肩甲骨を寄せる」のは別の筋の仕事です(僧帽筋の中部・下部と菱形筋)。寄せる運動が悪いのではなく、狙う筋が違います
・筋電図の研究では、床で行うプッシュアップ・プラスで前鋸筋の活動が最も高く、肩をすくめる筋との比も最も良好でした(Ludewig et al. 2004)
・いっぽう壁で行う形では、肩をすくめる筋の比が高くなる局面があります。「壁から始める」の落とし穴です
・腕を上げる角度が高いほど前鋸筋の活動が高いという報告もあります(Hwang et al. 2017・男性29名)
・⚠️ 回数・セット数・頻度の目安は、今回確認した研究には示されていませんでした。この記事の手順は現場での進め方としてご紹介します
・⚠️ 腕を上げたときに片側だけ肩甲骨の内側が強く浮き続ける、腕が前に上がらない、しびれや力が入らない——こうした場合は運動より先に整形外科にご相談ください
前鋸筋は何をしている筋なのか
前鋸筋は、肋骨の側面から始まって肩甲骨の内側に付く筋です。あばら骨に沿ってのこぎりの歯のように並んでいるので、この名前がついています。働きは大きく2つあります。
1つ目は、肩甲骨を前に押し出すことです。ここが大事なところで、専門書では肩甲骨を前方に押し出す働きをもつ筋は前鋸筋が主であり、ほかに有効な筋がないと説明されています。前鋸筋の力が落ちている方は、前に押す動作に強い困難を感じるとも書かれています。代わりがいないということです。
2つ目は、腕を上げるときに肩甲骨を回すことです。腕を真上まで上げる動きは、肩の関節だけで起きているわけではありません。肩甲骨そのものが回って、受け皿の向きを上外側に変えています。この回転には前鋸筋と僧帽筋が組んで働きますが、前鋸筋は力のかかる向きと距離の都合で、この組み合わせの中でもっとも有効に働くとされています。
面白いのは、ここから先です。前鋸筋が肩甲骨を回すと、鎖骨につながる靱帯が張り、その張力で鎖骨が後ろに回ります。筋が鎖骨を直接回しているのではなく、靱帯を介して回っているという仕組みです。腕を上げる動きは、思っているより多くの部品が連動しています。
「肩甲骨を寄せる」では、この筋は使えません
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい点です。
肩甲骨を背骨に近づける(寄せる)働きをもつのは、僧帽筋の中部・下部と菱形筋です。前鋸筋はその逆方向に働きます。専門書では、前鋸筋と僧帽筋は「主動作筋でもあり、同時に拮抗筋でもある」と説明されています。一緒に肩甲骨を回しながら、押し出す力と引き寄せる力で互いを制限し合っている、という関係です。
ですので、「肩甲骨を寄せる」運動だけを続けていても、前鋸筋には届きません。猫背や巻き肩が気になって寄せる運動をされている方は多いのですが、腕が上がりにくいという悩みに対しては、寄せる方向だけでは足りないということになります。
ただし誤解のないように申し添えます。寄せる運動が悪いという話ではありません。僧帽筋側が弱くても肩甲骨の制御は崩れますので、どちらも必要です。狙っている筋が違うだけです。寄せる方向の種目については背中を鍛えるエクササイズでご紹介しています。
肩甲骨が浮いて見えるとき、何が起きているのか
「肩甲骨が浮いている気がする」という方は少なくありません。ここは慎重に分けてご説明します。
腕を上げたときに肩甲骨の内側のふちが浮き上がって見える状態を翼状肩甲と呼びます。日本整形外科学会の解説では、前鋸筋が麻痺すると肩甲骨の内側縁が浮き上がって翼状肩甲となり、腕を前方へ挙上できなくなる、と説明されています。そして前鋸筋の単独麻痺は、この筋を支配する長胸神経が伸ばされて麻痺することが主な原因とされ、テニスのサーブやゴルフのスイング、重いリュックを背負った後などが例に挙げられています。学会のページには、ほかの原因と鑑別しなければならないとも書かれています。
つまり「翼状肩甲」という言葉が指す状態は、神経や筋の病気が原因のことがあり、医療機関で確かめる必要がある領域です。運動で鍛えて解決する話ではありません。
いっぽうで、神経に問題のない方にも肩甲骨の位置の違いは起こります。専門書では、その原因として結合組織のゆるみ、筋の緊張、筋疲労、筋力低下、関節包の緊張、首や背中の姿勢、あるいは単に習慣か一時的な気分まで挙げられており、肩甲骨の位置の違いと特定の原因を結びつけることは通常難しいと書かれています。
肩の障害がある人では肩甲骨の動きの乱れが高い割合でみられる、という専門家のまとめもあります。ただし同じまとめの中で、その乱れが肩の不調を作っているのか、結果なのかははっきり定まっていないとも述べられています。ですので「肩甲骨が浮いて見える=前鋸筋が弱い」と決めつけないのが正確です。
研究で前鋸筋がよく働いていた動き
では何をすればこの筋に届くのか。ここは筋電図(筋の電気的な活動を測る方法)の研究がいくつもあります。
プッシュアップ・プラスという種目があります。腕立て伏せの一番上まで来たところで、さらに肩甲骨を前に押し出して、胸を床からもう少し離す動きです。この「プラス」の部分が前方突出にあたります。
2004年にAm J Sports Med誌に載った研究では、30名を対象に複数の運動を測り、床で行う標準のプッシュアップ・プラスで、押し出す局面の前鋸筋の活動が最も高く、肩をすくめる筋(僧帽筋上部)との比も最も低い(0.2未満)という結果でした。
🚨 そして同じ研究で、壁で行う形などでは、この比が最大2.0まで上がる局面があったと報告されています。比が大きいほど、前鋸筋より肩をすくめる筋が優位になっているという意味です。初心者向けに「まず壁から」と勧められることが多い種目ですが、肩がすくみやすい方にとってはここが落とし穴になります。
この傾向は別のまとめでも同じ方向です。29の研究を整理したシステマティックレビューでは、体が垂直に近い(起きた)姿勢の運動や不安定な面では、肩をすくめる筋が優位になりやすいと結論づけられ、肩甲骨を前に押し出す動きを含む運動では比が良好とされています。
角度についての報告もあります。2017年の研究では、健康な男性29名がプッシュアップ・プラスを腕の角度60度・90度・120度で行い、前鋸筋の活動は120度がもっとも高く、60度では肩をすくめる筋との比が有意に大きくなりました。腕を高く上げた位置のほうが、この筋に届きやすいということです。
押し出す動き以外では、1999年の研究(健康な20名)で、腕を前に突き出す動き、両腕で何かを抱きしめるように閉じる動き(ダイナミックハグ)、膝つきのプッシュアップ・プラスなどが前鋸筋で高い活動を示しました。また2003年の研究では、肩甲骨の面に沿って120度を超える高さまで腕を上げる動きで前鋸筋が最大になったと報告されています。
ただし大事な注意があります。筋電図が示すのは「その動きでその筋が働いた」ことだけです。続けた結果として筋力が増えるか、姿勢が変わるかは、別に調べなければ分かりません。そしてこれらの研究の対象はほぼ全員が若い健康な人(男性が中心)で、40〜60代の方や女性を対象にした測定は確認できませんでした。
段階の作り方(研究に処方は示されていません)
先にお断りしておきます。何回を何セット、週に何回やればよいかという目安は、今回確認した研究のどれにも示されていませんでした。筋電図の研究は1回の測定で、続けた効果を調べたものではないためです。ですので以下はTRADでの進め方の一例としてご覧ください。
共通して大事なのは「肩がすくんだら、そこが限界」という1点です。耳に肩が近づいたら、押し出す力を前鋸筋ではなく別の筋で出しています。鏡で横から見るか、スマートフォンで横から撮ると分かります。
①壁で押し出す。壁に手をついて、肘を伸ばしたまま、肩甲骨が背骨から離れていく向きに壁を押します。胸がわずかに壁から遠ざかる程度の小さな動きです。ただし前述のとおり、壁は肩がすくみやすい姿勢です。すくむ場合は壁ではなく次の形に移ってください。この段階は肩甲骨の間が重い・こる原因でも触れています。
②台や階段に手をついて押し出す。壁より体が寝るぶん、肩をすくめる筋の関与が下がる方向になります。高さは、肩がすくまずに押し出せるところを選びます。どの高さが何度に相当するかという数字は研究にありません。
③膝をついて押し出す。膝つきのプッシュアップ・プラスです。ここまで来ると体重のかかり方が増えます。腕立て伏せそのものが難しい方は、段階の作り方を壁から始めるプッシュアップの段階の作り方でご確認ください。
④床で押し出す。標準のプッシュアップ・プラスです。研究で前鋸筋の活動が最も高く、比も最も良好だった形です。
いずれも、腕を上げる方向の動き(肩甲骨の面に沿って高く上げる)と組み合わせると、押し出す働きと回す働きの両方を扱えます。
この運動で期待できること・できないこと
正直に書きます。前鋸筋だけを鍛えた効果を分けて調べた研究は、今回確認できませんでした。
あるのは、肩甲骨を狙った運動を含むプログラム全体の効果を調べた研究です。肩に診断名(肩峰下疼痛症候群など)がついた方を対象にした8件の無作為化比較試験・387名をまとめた2024年のメタアナリシスでは、肩甲骨の安定化を狙った運動を行った群で痛みの指標が平均0.94ポイント、機能の指標が10.10ポイント、対照群より良い方向に動きました。ただし可動域には有意な差がありませんでした。
14件・666名をまとめた2025年のレビューでは、一般的な運動に肩甲骨の安定化運動を追加すると痛みと機能が良い方向に動き、外転の可動域は2.74度増えたと報告されています。ただし著者自身がエビデンスの確実性は低〜非常に低いと評価しています。
そして運動が肩甲骨の位置や動きそのものを変えるかについては、20の研究を整理したレビューで「研究間で食い違っている」と結論づけられています。同じレビューは、肩の痛みと障害を減らすには運動が有益だとも述べています。
整理すると、こうなります。肩甲骨を狙った運動は、肩の痛みや動かしやすさに対して少し良い方向に働くという報告があります。ただし確実性は高くなく、肩甲骨の見た目の位置が変わるかどうかは分かっていません。そして前鋸筋だけの効果は検証されていません。ここから先は言えません。
運動より先に、受診を考えていただきたい場合
次のような場合は、運動で様子を見るより先に整形外科にご相談ください。
・腕を上げたときや壁に手をついて体を前に倒したときに、片側だけ肩甲骨の内側のふちがはっきり浮き続ける
・腕を前に上げられない、または途中で止まってしまう
・しびれがある、力が入らない
・重いリュックを背負った後、スポーツの動作の後などに急に始まった
日本整形外科学会のページには、前鋸筋の麻痺かどうかを含めてほかの原因と鑑別する必要があると書かれています。TRADが行うのは運動指導・コンディショニングですので、痛みや症状の原因を特定したり、症状を治したりすることはできません。該当する場合は、受診をおすすめしています。
東海市・大府市・知多市から通われている方の場合
「腕が上がりにくい」というご相談は、40〜60代の方からとても多くいただきます。50代から肩が上がりにくくなる理由でも触れていますが、肩そのものより肩甲骨と背骨の動きが関係していることが珍しくありません。
TRADでは、まず腕を上げたときに肩甲骨がどう動いているかを横と後ろから確認します。すくむのか、途中で止まるのか、左右で違うのか。そこが分かると、寄せる方向と押し出す方向のどちらが足りないのかを判断できます。
ご自身では肩甲骨が見えません。ここが、この部位をひとりで進めにくい一番の理由です。鏡でも背中側は映りませんので、動画を撮るか、見てもらうかのどちらかになります。
参考にした主な研究・ガイドライン
・Neumann『筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版』第5章 肩複合体
・日本整形外科学会「翼状肩甲骨(翼状肩甲)」(日本整形外科学会 症状・病気をしらべる)
・Kibler et al.(2013)専門家コンセンサス/British Journal of Sports Medicine(PMID: 23580420)
・Ludewig et al.(2004)筋電図による対照実験室研究/American Journal of Sports Medicine(PMID: 14977678)
・Decker et al.(1999)筋電図研究/American Journal of Sports Medicine(PMID: 10569366)
・Ekstrom et al.(2003)筋電図研究/Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy(PMID: 12774999)
・Hwang et al.(2017)筋電図研究/Journal of Sport Rehabilitation(PMID: 27632840)
・Mendez-Rebolledo et al.(2021)システマティックレビュー/Journal of Back and Musculoskeletal Rehabilitation(PMID: 32831190)
・Zhong et al.(2024)システマティックレビュー・メタアナリシス/Frontiers in Neurology(PMID: 38497039)
・Brasileiro et al.(2025)システマティックレビュー・メタアナリシス/The Physician and Sportsmedicine(PMID: 39983700)
・Nodehi Moghadam et al.(2020)システマティックレビュー/Journal of Shoulder and Elbow Surgery(PMID: 31420226)
よくある質問
Q. 前鋸筋を鍛えるには何をすればいいですか。
肩甲骨を前に押し出す動きを含む種目です。代表的なのはプッシュアップ・プラスで、腕立て伏せの一番上でさらに肩甲骨を押し出し、胸を床からもう少し離す動きです。筋電図の研究では、床で行う標準の形で前鋸筋の活動が最も高く、肩をすくめる筋との比も良好でした。ほかに腕を前に突き出す動きや、両腕で抱きしめるように閉じる動き、肩甲骨の面に沿って高く腕を上げる動きでも活動が高いと報告されています。ただし回数やセット数の目安は研究には示されていません。
Q. 壁で行うプッシュアップ・プラスから始めてもいいですか。
始めていただけますが、1点注意があります。筋電図の研究では、壁で行う形などで肩をすくめる筋(僧帽筋上部)と前鋸筋の比が最大2.0まで上がる局面が報告されています。体が起きた姿勢ほど肩がすくみやすいという傾向は、29の研究を整理したレビューでも同じ方向の結論です。ですので壁から始める場合は「肩が耳に近づいていないか」を毎回確認してください。すくんでしまう場合は、壁ではなく台や階段に手をついて体を少し寝かせた形のほうが向いています。
Q. 肩甲骨を寄せる運動では前鋸筋は鍛えられないのですか。
鍛えられません。肩甲骨を背骨に近づける(寄せる)働きをもつのは僧帽筋の中部・下部と菱形筋で、前鋸筋は逆方向に働きます。専門書では、前鋸筋と僧帽筋は一緒に肩甲骨を回しながら、押し出す力と引き寄せる力で互いを制限し合う関係だと説明されています。ただし寄せる運動が悪いわけではありません。僧帽筋側が弱くても肩甲骨の制御は崩れますので、どちらも必要です。狙う筋が違うだけだとお考えください。
Q. 肩甲骨が浮いているように見えます。前鋸筋が弱いのでしょうか。
そうとは言えません。専門書では、肩甲骨の位置の違いの原因として結合組織のゆるみ、筋の緊張、筋疲労、筋力低下、首や背中の姿勢、さらには習慣や一時的な気分まで挙げられており、位置の違いと特定の原因を結びつけることは通常難しいと書かれています。いっぽうで、腕を上げたときや壁に手をついて体を前に倒したときに片側だけ内側のふちがはっきり浮き続ける場合は、神経の問題による翼状肩甲の可能性があります。日本整形外科学会のページにも他の原因との鑑別が必要だと書かれていますので、その場合は運動より先に整形外科にご相談ください。
Q. 前鋸筋を鍛えると肩の痛みは軽くなりますか。
前鋸筋だけを鍛えた効果を分けて調べた研究は確認できませんでした。あるのは、肩甲骨の安定化を狙った運動を含むプログラム全体の効果です。肩に診断名がついた方を対象にした8件の試験・387名のメタアナリシスでは、痛みと機能の指標が対照群より良い方向に動きましたが、可動域には有意な差がありませんでした。別のレビューでは著者自身がエビデンスの確実性を低〜非常に低いと評価しています。ですので「少し良い方向に働くという報告がある」までが、今言える範囲です。
姿勢評価つきの体験を受付中|東海市のパーソナルトレーニングジムTRAD
肩甲骨はご自身では見えません。腕を上げたときにすくんでいるのか、途中で止まっているのか、左右で違うのか——そこが分かると、何をすればいいかが決まります。TRADは、鍛える前に姿勢・動作を評価してから進める完全個室のパーソナルジムです。太田川駅から徒歩4分、駐車場もございます。姿勢評価つきの体験トレーニングは90分・2,750円(税込)です。
その場でのご契約はお願いしていません。内容を見たうえで、じっくりご検討ください。ご予約は公式LINE、または予約サイト(空き状況を見る)から承っています。

